多古町の「和空間わたことり」(多古町飯笹)で5月16日、腹話術で語る原爆体験「孝子さんとあっちゃんのお話し会」が開かれた。当日は親子連れや近隣住民らが集まり、貴重な体験談に耳を傾けた。
「わたことり」は、2020年に開設された、親子で過ごせるオープンスペース。主催したのは、同町在住でスコーン店「trois(トロワ)」を営む谷山美紀さん。高齢の祖母の記憶が薄れていく中、「自分たちの世代がつないでいかなくてはならない」と感じたことがきっかけになったという。小学生時代の恩師・松本京子さんを通じ、小谷孝子さんと腹話術人形「あっちゃん」の絵本『あっちゃんも、』の読み聞かせ上映会に足を運んだことが、今回の開催へとつながった。
参加者が声をそろえて「あっちゃん」と呼びかけると、小谷孝子さんとあっちゃんが登場。孝子さんとあっちゃんとの出会いは幼稚園教諭時代にさかのぼる。保育雑誌で腹話術人形を用いて子どもの不安を和らげる医師の存在を知り、神奈川県の牧師の元に通い腹話術を習得。ふさぎ込んでいた子どもが、あっちゃんに名前を呼ばれ続けることで笑顔を取り戻した経験から、その後も孝子さんとあっちゃんは子どもたちの名前を呼び続けたという。定年退職後は姉と師匠に背中を押され、「多くの人に助けられた自分が見てきたものを伝えるため」として活動を始めた。
孝子さんは広島県呉市の出身。その後移り住んだ広島市で1945(昭和20)年8月6日に被爆した。当日の午前、上空を通過するB-29を目撃。兄弟と川遊びに出かける途中、一人だけ水を飲みにと家に戻ったところで閃光(せんこう)に遭遇し、家屋の下敷きになった。倒れた柱と壁の間に守られ母親に救出された。意識不明だった弟は4日後に目を覚ましたが、「お母ちゃん、飛行機怖いねえ。お水おいしいねえ」という言葉を最後に、息を引き取った。
2015(平成27)年にピースボート「おりづるプロジェクト」に参加し、クルーズ船上で平和への思いを伝え続けた。「日本だけ平和ならよいのではない。どの国に生まれた子どもたちも安心して過ごせるようにしなければならない」と孝子さんは話す。子どもたちへは「世界中に友達をたくさん作ってほしい。友達がいる国を攻めようとは思わないし、友達がいたら助けようと思うはず」と伝えた。
NPO法人「sketch倶楽部」(白井市)の石垣裕子さんからは絵本『あっちゃんも、』ができるまでの経緯が紹介され、松本京子さんからは戦時中に反戦を訴え続けた僧侶をモデルに描かれた映画「明日へ」の紹介も行われた。
谷山さんは「今回頂いたバトンを私たちは受け取り、語り継いでいくことが重要」と締めくくった。